書いとこう。
自分の中で、地方という概念のパラダイムシフトが起こった。地方は都会の劣化コピーだと思っていた。本当は、地方とは住人を包み込む幸せの共同体だった。
愛媛県西条市は、市とは言っても、たかだか5万人。
私の住む江戸川区の人口は60万。町の人口も2万人ほどはある。ぜんぜん違う。
だが人口の違い以上に、西条市は「共同体」だった。
聞くと、移住してくる人はごく稀だそう。そして町の人は全員顔見知り。気持ち悪い犯罪の起こる余地は無い。
また、匿名の時間としてのプライベートはありえない。どんなときでも町の突然のアクションに対して反応すべく、オープンスタンスを維持する。
要するに、近所の○×さんが釣った鯛を持ってきてくれたら、すぐ家の中にお迎えしてお茶を出す態勢に、自然と構えている。
お客さんを全力で歓待する。料理は全て手料理で、朝昼に来たらさらっと食事を出してしまう。
情報交換や子供の世話など、あらゆる相互扶助を徹底的に行う。
重要なのは、誰も意識的または人工的な姿勢ではないということだ。
全く自然な、呼吸のレベルのギブアンドテイクなのだ。
お祭りの日だったから、特に明らかだった。
お祭りは、収穫を祝い、また耕作期の抑圧によって蓄積されたストレスを発散して、共同体の連帯を強めるイベントだ。
共同体が家族・学校・企業しかない東京では、本質的に収穫祭であるお祭りは形だけとなり、抑圧の共有も無く、連帯も何も無い。
西条は全く違う。文字通り全市民が一丸となって祭りに没入するのだ。80に分けられた地区ごとにだんじりを用意し、男たちが担いで所属地区全域を練り歩く。奥さんは家の前に来ただんじりにお酒や料理を振舞う。だんじりはお礼に大きく揺れてみせる。
やがて深夜になると各地区のだんじりは、妖しい光を放ちながら、一箇所に集まる。だんじり達は地区の代表・象徴となってぶつかり合う。
ここで、戦いを通して、一年間の労働に伴う住民の抑圧は解放され、カタルシスに至るのだ。
人々の熱気に圧倒された。海外に行くとわかるのだが、日本人と外国人の最大の違いは、無駄な動きの有無である。日本は致命的な危険に出合わず生きていける社会だから、日常の行動に切迫感が無い。真実味が無い。命に関わる判断が必要とされる場面が無いから、常に命が危険にさらされている海外に出ると、常に張り詰め、油断の無い現地の人とは、やはり挙動に明らかな差が出る。
そして、市場など生活の場には、引き締まった生への欲求が熱気になって充満している。「生きる」ということをリアルに意識して人々は動いている。
西条のお祭りで感じた熱気と迫力は、このリアルな「生きる」意識なのだった。
みんなで協力しながら、一年ほんとに頑張った。俺達バンザイ!みたいな。
お世話になったお家で受けた過分な待遇にははじめ恐縮して戸惑い、のちに感動した。食べきれないほどの高価な食材を手料理にして出してくださり、夜中3時まで起きて観光ルートを考えてくださった。夕方帰ると、疲れたろうから少し休むよう、その間に食事を用意してくださるとおっしゃった。夜明け前にお祭りに行くと言うと、危ないからと車で送迎してくださった。わざわざ起きてである。
よそものだからという事で、気をつかわせてしまっているかとはじめ心苦しかった。しかし、これが「共同体」なのだと気付くと、その安心感に本当に感動した。都会の生活で紡ぎ上げられて来た敵意や不信、強制された無関心がほどけていくようだったのである。
個人は共同体に尽くす。共同体はそれに応えて個人を包んでくれる。共同体は一つであって、中にいる人々は生きていく中で、喜怒哀楽を共有するのだ。お祭りは、共同体にとって最も重要な、いわば一年間の無事を祝う「打ち上げ」であり、「喜」が爆発する日だった。強固な共同体である西条のお祭りがリアルな熱気を放っていたのは当然だ。
まとめると、西条には限りなく暖かい共同体があり、共同体のために生きる人々がいて、人々は活力に満ち、幸せだった、ということだ。東京にはこの種の幸せはない。